「星霜への考察 After 3.11」No.69

木・蜜蝋・鉛・松脂・団栗 / 30 x 22 x 9 cm / 2012
 
 



星霜への考察 After 3.11

 

ある時、新聞に掲載されたとても美しい小さな花の写真に目が止まる。花の写真だとばかり思っていたが、よく見てみると、それは金属の顕微鏡写真だった。二千倍拡大された世界の中には、目に見える世界に咲き誇る花々と見間違うような「奇妙な花」らしい形をしたものが存在する。あまりに花と酷似した形をみて、私の目に見ないない世界にも我々と同じような営みがあるのではと想像を掻立てた。

2011年3月11日に起きた東日本大震災を契機に起こった原子力発電所の事故は、さらに私にそんな目に見えない物質への関心を否応なく向けさせることになった。セシウムやヨウ素など聞き慣れない、目に見えない放射能が、いつも我々の周りを浮遊しているらしい。それが沢山なのか、少ないのか、どのくらいの間私達を苦しめるのか。本当のことは私には決して分からない。突然突きつけられた逃げ場のない現実の中で、真実に目を向けられない環境は、私の中に負のイメージばかりを作りだしている。

世界は人間の目で見える世界だけでないことを、この恐ろしい現象は改めて私に自覚させ続ける。同じ空間に、いまこのとき存在する見えない物質は、すべての生命の中にそっと入りこみ、長い時間をかけて、体内に蓄積され、いつかはっきりとした傷跡を残すと聞いている。静かに忍び寄る恐ろしい未来の現実に、今はただ胸を痛めるばかりである。

その発生源となり、人が近づくことさえ出来なくなった原子炉内では、今も放射性物質が人知を超えたエネルギーを静かに保ち続けているという。それはあたかも地上に出来たブラックホールのようなもので、その中には未知の世界が広がっているように感じている。今の人類には押さえきれない、無限に等しいエネルギーの真の可能性を知ることは、我々が外宇宙のことを知ると同じく、まだ人類の手の届かない遠きものなのかもしれない。その未踏の世界の中には、「奇妙な花」が咲き乱れる光景が、この先広がるかもしれない。

誰にも触れることの出来ない世界には、想像する自由がある。未知なるものへの想像は、私の宇宙への思いと同じく、夢を掻立て心ふるわせるものであって欲しい。しかし、この間近にあって届かぬ場所に思いを馳せれば馳せるほど、絶望的な想像力を掻立てるのは、我々にとってこの状況が、重すぎる所業として果てしない時間続くと分かっているからだろうか。

人の欲望のままに変わりゆく世界を受動して生きるのか、また新たな生き方を模索するのか。この事故は我々が、真に未来のありようを考えるチャンスとして与えられたものだと受け止めたい。私は未来に咲く花が、今と同じ花の形であって欲しいと願ってやまない。



2012年5月9日 大矢雅章